「茶の湯」(茶道)人口が、江戸中期以降に大量増加、それに対処する稽古方法として「七事式」というものが考案され。「茶の湯」(茶道)は、庄屋、名主や商人などの習い事として広く普及しました。しかし、それと同時に「茶の湯」(茶道)の大衆化にも拍車がかかり、遊芸化が進んだともいわれます。
「『茶の湯(茶道)』とはそんなものではない」と、ここで再び精神論が強調されるようになりました。
この時、大徳寺派の臨済宗寺院が大きな役割を果たし、利休流茶道の根本とされる「和敬清寂」の標語が生み出され。さらに幕末には、井伊直弼が「一期一会」の概念を完成させ。こういった精神論が整備されて、現在「茶道」と呼ばれる「茶の湯」が完成したわけです。
なお、岡倉天心がアメリカで『THE BOOK OF TEA』(邦題:『茶の本』)を1906年に出版紹介してから、「茶の湯」のことを「茶道」と呼ぶようになりました。
2007年08月07日
2007年08月06日
茶道の歴史
お茶のバイブルとして名高いのが、唐の陸羽が書いた『茶経』という書物です。この本には、茶の製法、飲み方、歴史などが詳しく書かれています。
日本にお茶を飲む習慣とお茶の製法がもたらされたのは、平安時代、遣唐使によってです。室町時代に入ると、飲んだお茶の銘柄を当てる「闘茶」という一種の博打が流行したり(「闘うお茶」というネーミングは凄いですね)、中国の茶器「唐物」を大金使って集めて、それで成金趣味的に盛大に茶会を行うようになったり。これは「茶道」というには、ほど遠い状態。
それに対して室町時代の中期、村田珠光が、もっと精神的交流を重視した茶会のあり方を提唱。これが「わび茶」の源流となっていく――いよいよ日本の「茶道」の始まりですね。
わび茶はその後、千利休によって安土桃山時代に完成されるに至ります。その後武士階層にも広まり、江戸中期には町人階級に広まりました。
この時大量の「茶の湯」(茶道)参入者を迎え入れたのが、三千家を中心とする千家系の流派。現在の茶道の大御所の千家系の登場です。「家元制度」もこの時確立されました。
日本にお茶を飲む習慣とお茶の製法がもたらされたのは、平安時代、遣唐使によってです。室町時代に入ると、飲んだお茶の銘柄を当てる「闘茶」という一種の博打が流行したり(「闘うお茶」というネーミングは凄いですね)、中国の茶器「唐物」を大金使って集めて、それで成金趣味的に盛大に茶会を行うようになったり。これは「茶道」というには、ほど遠い状態。
それに対して室町時代の中期、村田珠光が、もっと精神的交流を重視した茶会のあり方を提唱。これが「わび茶」の源流となっていく――いよいよ日本の「茶道」の始まりですね。
わび茶はその後、千利休によって安土桃山時代に完成されるに至ります。その後武士階層にも広まり、江戸中期には町人階級に広まりました。
この時大量の「茶の湯」(茶道)参入者を迎え入れたのが、三千家を中心とする千家系の流派。現在の茶道の大御所の千家系の登場です。「家元制度」もこの時確立されました。
2007年08月05日
茶道について
茶における日本独自の生活文化・芸術のことを茶道といいます。
現在では、女性のたしなみの一つとされるくらいにまで一般化しましたが、じつは、茶道は、精神性を重視した、歴史ある思想体系とも呼べるものです。
茶を客人にもてなす「茶会」といわれる集まりでは、さまざまな作法やルールが決められており、亭主と客人が風情ある交流を楽しみます。
現代日本で、最高のもてなし料理とされる懐石料理や、茶に合う和菓子も、もともとは茶会の席で出される料理やお菓子のこと。
日本文化は、様式や精神面等において、茶道の影響を受けながら、ともに発達してきたのです。
現在では、女性のたしなみの一つとされるくらいにまで一般化しましたが、じつは、茶道は、精神性を重視した、歴史ある思想体系とも呼べるものです。
茶を客人にもてなす「茶会」といわれる集まりでは、さまざまな作法やルールが決められており、亭主と客人が風情ある交流を楽しみます。
現代日本で、最高のもてなし料理とされる懐石料理や、茶に合う和菓子も、もともとは茶会の席で出される料理やお菓子のこと。
日本文化は、様式や精神面等において、茶道の影響を受けながら、ともに発達してきたのです。
2007年08月04日
茶道とは?
茶の道の芸術と言えば、茶道です。
茶道は、茶の湯とも言われており、亭主と客人が集まって行う茶会を中心にした、日本独特の生活文化を指します。
単に茶を入れて飲むのではなく、精神性を重視した、総合芸術とも言えるでしょう。
日本一のもてなし料理と言われる「懐石料理」や、茶によく合う和菓子も、もともとは茶道から生まれたものです。
茶道には、作法や約束事が細かく決められており、とかく堅苦しく見られがち。
しかし、実際は、五感を十分に働かせて客をもてなす、風情ある日本文化なのです。
茶道の様式は、千利休により「侘茶」として完成されてからは、表千家・裏千家等の数多くの流派に分かれて、現在に至っています。
茶道は、茶の湯とも言われており、亭主と客人が集まって行う茶会を中心にした、日本独特の生活文化を指します。
単に茶を入れて飲むのではなく、精神性を重視した、総合芸術とも言えるでしょう。
日本一のもてなし料理と言われる「懐石料理」や、茶によく合う和菓子も、もともとは茶道から生まれたものです。
茶道には、作法や約束事が細かく決められており、とかく堅苦しく見られがち。
しかし、実際は、五感を十分に働かせて客をもてなす、風情ある日本文化なのです。
茶道の様式は、千利休により「侘茶」として完成されてからは、表千家・裏千家等の数多くの流派に分かれて、現在に至っています。
2007年07月31日
茶道豆知識
茶道まめ知識をここで少しご紹介します。
【島台】とは、島台(しまだい)茶碗のことを指しています。
金銀の箔が茶碗の内側に置かれている大小ある楽茶碗です。
縁起事(例えばお正月など)などを祝う際の茶事などに重(かさね)茶碗として用いられています。
【雪のいろいろな表現法】について以下の言葉をあげますので、情緒など感じ取ってみてくださいね。
六花(むつのはな) :花の異称
はだれ雪 :まだらに降る雪
細雪(ささめゆき)
雪催い(ゆきもよい):雪の降りそうな空
御降(おさがり) :元旦または三が日に降る雪・雨のこと。豊穣の縁起とされる。
雪明り(ゆきあかり)
雪時雨(ゆきしぐれ)
雪の果(ゆきのはて):降りじまいの雪(忘れ雪・名残雪とも言う)
淡雪(あわゆき) :春になってから降る雪
上記の表現にはそれぞれ情緒が感じられますよね。みなさんも感じてみてくださいね。
【大炉(だいろ)】は、裏千家十一世玄々斎の考案で6畳の部屋に切ったのをはじまりとしています。
本来の炉より4寸ほど大きい四方の炉で6畳間に逆勝手に切るのが約束事です。2月のみ開かれています。
大きな炉で広口釜(口造りがとても大きい)を使う「大炉」は、一つ一つの動作が大きく厳かですので、どっしり構えた重厚な数々の道具から外の寒さを忘れてしまいそうです。
【初午】は2月の最初の午(うま)の日の事を指しています。
また、稲荷の縁日のように、その日を祭日として行われる神事のことも指しています。
【馬上盃[杯](ばじょうはい)】 という茶碗の事です。
馬に乗った状態のままで高台の部分を片手に持って、お茶やお酒が呑めるように作られています。この高台部分は長く作られています。
【島台】とは、島台(しまだい)茶碗のことを指しています。
金銀の箔が茶碗の内側に置かれている大小ある楽茶碗です。
縁起事(例えばお正月など)などを祝う際の茶事などに重(かさね)茶碗として用いられています。
【雪のいろいろな表現法】について以下の言葉をあげますので、情緒など感じ取ってみてくださいね。
六花(むつのはな) :花の異称
はだれ雪 :まだらに降る雪
細雪(ささめゆき)
雪催い(ゆきもよい):雪の降りそうな空
御降(おさがり) :元旦または三が日に降る雪・雨のこと。豊穣の縁起とされる。
雪明り(ゆきあかり)
雪時雨(ゆきしぐれ)
雪の果(ゆきのはて):降りじまいの雪(忘れ雪・名残雪とも言う)
淡雪(あわゆき) :春になってから降る雪
上記の表現にはそれぞれ情緒が感じられますよね。みなさんも感じてみてくださいね。
【大炉(だいろ)】は、裏千家十一世玄々斎の考案で6畳の部屋に切ったのをはじまりとしています。
本来の炉より4寸ほど大きい四方の炉で6畳間に逆勝手に切るのが約束事です。2月のみ開かれています。
大きな炉で広口釜(口造りがとても大きい)を使う「大炉」は、一つ一つの動作が大きく厳かですので、どっしり構えた重厚な数々の道具から外の寒さを忘れてしまいそうです。
【初午】は2月の最初の午(うま)の日の事を指しています。
また、稲荷の縁日のように、その日を祭日として行われる神事のことも指しています。
【馬上盃[杯](ばじょうはい)】 という茶碗の事です。
馬に乗った状態のままで高台の部分を片手に持って、お茶やお酒が呑めるように作られています。この高台部分は長く作られています。
茶道教室
表千家茶道教室のご案内です。
【特徴】
・カルチャースクールのような大勢で行うものではなく、個人教授宅で少人数でのお稽古となります。
・カルチャースクールに通っている方でも、より高レベル、しっかりとしたお稽古の内容を求めて、移って来られる方も多くいます。
・礼儀作法などのマナーや、茶道に適した洗練された立ち振る舞い、自然と目上の方に対する言葉遣い等が身についていきます。
・足膝の悪い方でもお稽古可能なように設備がしっかりと整っています。
・表千家茶道公式サイトの表千家不審庵稽古場案内に認定登録されています。
【お稽古に来ている方々のお声】
・自分の予定に合わせて、自由な曜日や時間に稽古ができるという融通性や利便性が私のスタイルに合っていてすごく助かりました。
・ホームページの記載されている内容と実際の稽古内容が違う教室が多い中、この教室は違いがないことにすごく驚きました。
・お稽古のたびに、美味しいお菓子やお茶が頂けるのですごく稽古をするのが楽しみになっています。
・炭点前のお稽古を自分がすることが出来たり、見たり出来るのがすごく嬉しかったです。
・私はあまり茶道に対する技術がなかったのですが、ここは個人のレベルに応じて先生が丁寧に一人ひとりにご指導してくださったのですごく嬉しかったです。
【最近ご入会された方からよく寄せられるお言葉】
・この教室のホームページを拝見していて是非ここに行きたいと思いました。
けど、私は茶道が全くの初心者でしかも一人で入門したため、かなり緊張や不安を抱きながら稽古に行きましたが、そんな心配は不要でした。すぐ友人を作る事ができました。
http://www.mindpeace.info/sadou/contents.html#kyoushitu
【特徴】
・カルチャースクールのような大勢で行うものではなく、個人教授宅で少人数でのお稽古となります。
・カルチャースクールに通っている方でも、より高レベル、しっかりとしたお稽古の内容を求めて、移って来られる方も多くいます。
・礼儀作法などのマナーや、茶道に適した洗練された立ち振る舞い、自然と目上の方に対する言葉遣い等が身についていきます。
・足膝の悪い方でもお稽古可能なように設備がしっかりと整っています。
・表千家茶道公式サイトの表千家不審庵稽古場案内に認定登録されています。
【お稽古に来ている方々のお声】
・自分の予定に合わせて、自由な曜日や時間に稽古ができるという融通性や利便性が私のスタイルに合っていてすごく助かりました。
・ホームページの記載されている内容と実際の稽古内容が違う教室が多い中、この教室は違いがないことにすごく驚きました。
・お稽古のたびに、美味しいお菓子やお茶が頂けるのですごく稽古をするのが楽しみになっています。
・炭点前のお稽古を自分がすることが出来たり、見たり出来るのがすごく嬉しかったです。
・私はあまり茶道に対する技術がなかったのですが、ここは個人のレベルに応じて先生が丁寧に一人ひとりにご指導してくださったのですごく嬉しかったです。
【最近ご入会された方からよく寄せられるお言葉】
・この教室のホームページを拝見していて是非ここに行きたいと思いました。
けど、私は茶道が全くの初心者でしかも一人で入門したため、かなり緊張や不安を抱きながら稽古に行きましたが、そんな心配は不要でした。すぐ友人を作る事ができました。
http://www.mindpeace.info/sadou/contents.html#kyoushitu
茶道で使う道具
茶道で使う基本的な道具をご紹介します。
【茶器(tyaki)】薄茶用
棗(natume)と言います。
薄茶のお点前の時にたっぷりと中に入れておきます。
【茶入れ(tyaire)】茶器 濃茶用
お濃茶のお点前の時に茶器の中に人数分の濃茶を入れてきます。
和物、唐物といって、日本製のものよりも外国製のもののほうが格が上となっています。
唐物茶入れを使うには、お稽古がだいぶ進んだ方でないと使う事が出来ません。
【茶筅(tyasen)】
お茶を点てる道具。
茶筅を買うには種類があって、百本点とか数穂とか何種類かあります。
前者は穂先の本数が多いもので、お薄、特に裏千家で点てるような泡立ちがいっぱいの場合に適しています。
【茶杓(tyasyaku)】
お茶をすくうための、茶さじの事です。
茶杓2杯分がお薄の場合に適した分量です。
【茶巾(tyakin)】
麻布で、お茶碗を拭くためのに使われます。
使う際は濡れているものです。
【柄杓(hisyaku)】
水を汲むための道具です。季節によって変えて使う物で、夏用はちょっと小さめ、冬用は大ぶりの柄杓を使います。
【釜(kama)】
季節によって使い方を変える者で、夏は畳の上に風炉という炭をたいた入れ物の上にのせて湯を沸かします。
冬は炉という畳に埋め込まれた所にのせられて使います。
【棚(tana/otana)】
お点前によって使ったり使わなかったりします。お茶会などではお点前の時間が短縮できたりします。それは茶入れや水差しを置きっぱなしに出来るからです。
【ふくさ】
絹二枚重ねの布で、約30cm角です。お点前をする人は腰にふくさをはさんでいます。
お客様しかしない場合でも、茶人は常備しているものです。裏千家では男性は紫、女性は朱色の無地が正式なものとなっています。これは流派によって違います。
他に【こぶくさ】【花入れ(hanaire)】【建水(kensui)】【ねりこう】【香(kou)】【香合(kougou)】【掛物(kakemono)】【水屋(mizuya)】などがあります。
【茶器(tyaki)】薄茶用
棗(natume)と言います。
薄茶のお点前の時にたっぷりと中に入れておきます。
【茶入れ(tyaire)】茶器 濃茶用
お濃茶のお点前の時に茶器の中に人数分の濃茶を入れてきます。
和物、唐物といって、日本製のものよりも外国製のもののほうが格が上となっています。
唐物茶入れを使うには、お稽古がだいぶ進んだ方でないと使う事が出来ません。
【茶筅(tyasen)】
お茶を点てる道具。
茶筅を買うには種類があって、百本点とか数穂とか何種類かあります。
前者は穂先の本数が多いもので、お薄、特に裏千家で点てるような泡立ちがいっぱいの場合に適しています。
【茶杓(tyasyaku)】
お茶をすくうための、茶さじの事です。
茶杓2杯分がお薄の場合に適した分量です。
【茶巾(tyakin)】
麻布で、お茶碗を拭くためのに使われます。
使う際は濡れているものです。
【柄杓(hisyaku)】
水を汲むための道具です。季節によって変えて使う物で、夏用はちょっと小さめ、冬用は大ぶりの柄杓を使います。
【釜(kama)】
季節によって使い方を変える者で、夏は畳の上に風炉という炭をたいた入れ物の上にのせて湯を沸かします。
冬は炉という畳に埋め込まれた所にのせられて使います。
【棚(tana/otana)】
お点前によって使ったり使わなかったりします。お茶会などではお点前の時間が短縮できたりします。それは茶入れや水差しを置きっぱなしに出来るからです。
【ふくさ】
絹二枚重ねの布で、約30cm角です。お点前をする人は腰にふくさをはさんでいます。
お客様しかしない場合でも、茶人は常備しているものです。裏千家では男性は紫、女性は朱色の無地が正式なものとなっています。これは流派によって違います。
他に【こぶくさ】【花入れ(hanaire)】【建水(kensui)】【ねりこう】【香(kou)】【香合(kougou)】【掛物(kakemono)】【水屋(mizuya)】などがあります。
茶道、裏千家
茶道流派の一つである裏千家は、表千家、武者小路千家(千利休の伝統と精神を受け継いでいます。)と並ぶ「三千家」のうちの一つとして挙げられています。
門下生の数は正確には分かりませんが、裏千家は茶道諸流派中最大の流派となっていて、門下生数も、茶道人口の過半数に達しているだろうといわれています。
裏千家の名前の由来は、茶室「今日庵」が表千家を代表する茶室「不審庵」対してつけたもので、表千家は表通りにというのに対して裏側にあったからという理由だそうです。
特徴は「積極性」という事だそうです。
「積極性」が指しているのは、新しい点前を作ることに対して他の流派よりも熱心に取り組んでいるということです。
その積極性で作った点前に、外国人向けに考案された椅子とテーブルによる点前「立礼式」、あぐらでの点前「座礼」というのが裏千家によって考案された新しい点前ということになっています。
三千家の点前作法は基本的に似ていますが、フリー百科事典ウィキペディアによれば、裏千家には以下のような特徴があると言われています。
・裏千家では薄茶を良く泡立てますが、この方法のように泡で茶の全面を覆うような点て方を表千家ではしません。
・茶筅は裏千家の場合は白竹のものです。表千家では煤竹を、武者小路千家では黒竹を用いています。
・裏千家の女性の帛紗(ふくさ)は緋を基本としていますが、柄物などもあります。
逆に表千家では袱紗(ふくさ)は朱無地です。
さらに、侘びを尊ぶ三千家のなかでは裏千家は比較的派手な方です。裏千家は彩り豊かな点前が好まれているようです。
門下生の数は正確には分かりませんが、裏千家は茶道諸流派中最大の流派となっていて、門下生数も、茶道人口の過半数に達しているだろうといわれています。
裏千家の名前の由来は、茶室「今日庵」が表千家を代表する茶室「不審庵」対してつけたもので、表千家は表通りにというのに対して裏側にあったからという理由だそうです。
特徴は「積極性」という事だそうです。
「積極性」が指しているのは、新しい点前を作ることに対して他の流派よりも熱心に取り組んでいるということです。
その積極性で作った点前に、外国人向けに考案された椅子とテーブルによる点前「立礼式」、あぐらでの点前「座礼」というのが裏千家によって考案された新しい点前ということになっています。
三千家の点前作法は基本的に似ていますが、フリー百科事典ウィキペディアによれば、裏千家には以下のような特徴があると言われています。
・裏千家では薄茶を良く泡立てますが、この方法のように泡で茶の全面を覆うような点て方を表千家ではしません。
・茶筅は裏千家の場合は白竹のものです。表千家では煤竹を、武者小路千家では黒竹を用いています。
・裏千家の女性の帛紗(ふくさ)は緋を基本としていますが、柄物などもあります。
逆に表千家では袱紗(ふくさ)は朱無地です。
さらに、侘びを尊ぶ三千家のなかでは裏千家は比較的派手な方です。裏千家は彩り豊かな点前が好まれているようです。
茶道の作法あれこれ
茶室が四畳半なのはどうしてなのでしょうか?
足利義政造営の東山山荘(銀閣寺)の東求堂の書院、同仁斎の茶室の広さが茶室が始まったとされた頃は四畳半であったということであるようです。
他にも説がありますが、村田珠光、武野紹鴎、千利休が四畳半を基本にしたことが、茶室が広まる基となり、決定的になったのではないか?と言われています。
お客様を大勢対象としていた会所、また書院座敷での喫茶などが少人数で嗜む草庵の茶の湯に変化していく上で、見合う広さになっていったのではないか?と言われています。
茶室の入り口は何故狭いのでしょうか?と考えた事ありますか?この狭い入り口は、茶室特有のもので、小さな出入り口で躙口(にじりぐち)と言います。サイズは高さ二尺二寸余、横二尺一寸が標準的です。このにじり口は千利休によって始められたと伝えられていますし、屋形船の出入り口がヒントとなったのではないか?とも伝えられています。
お客様が茶室ににじりながら入ると言うような礼儀があって、しかも狭いところに身をかがめて入った後の部屋の広さは広く感じる事が出来たり、床の間が目線と同じになったりと視覚的効果もあったとおもいます。
茶道を女性も嗜むようになったのは、明治以降のことです。近代茶道の創始者と言われています、裏千家十三世圓能斎宋室が女学校教育に茶道を取り入れたのが始まりとされています。さらに昭和の頃女子教育が盛んになったとともに急激に普及したとも言われています。
足利義政造営の東山山荘(銀閣寺)の東求堂の書院、同仁斎の茶室の広さが茶室が始まったとされた頃は四畳半であったということであるようです。
他にも説がありますが、村田珠光、武野紹鴎、千利休が四畳半を基本にしたことが、茶室が広まる基となり、決定的になったのではないか?と言われています。
お客様を大勢対象としていた会所、また書院座敷での喫茶などが少人数で嗜む草庵の茶の湯に変化していく上で、見合う広さになっていったのではないか?と言われています。
茶室の入り口は何故狭いのでしょうか?と考えた事ありますか?この狭い入り口は、茶室特有のもので、小さな出入り口で躙口(にじりぐち)と言います。サイズは高さ二尺二寸余、横二尺一寸が標準的です。このにじり口は千利休によって始められたと伝えられていますし、屋形船の出入り口がヒントとなったのではないか?とも伝えられています。
お客様が茶室ににじりながら入ると言うような礼儀があって、しかも狭いところに身をかがめて入った後の部屋の広さは広く感じる事が出来たり、床の間が目線と同じになったりと視覚的効果もあったとおもいます。
茶道を女性も嗜むようになったのは、明治以降のことです。近代茶道の創始者と言われています、裏千家十三世圓能斎宋室が女学校教育に茶道を取り入れたのが始まりとされています。さらに昭和の頃女子教育が盛んになったとともに急激に普及したとも言われています。
茶道の茶碗
茶碗の形には筒型、平形、輪形、半筒、端反、等がありますが、比較的碗形のものが多いようです。
天目や井戸のように茶碗の特徴がそのまま呼び名になっているものもあります。
茶碗の形からは筒茶碗、平茶碗と呼ばれる茶碗もあります。
筒茶碗は主に冬用、平茶碗は夏用と、季節によって使い分けもします。
お茶にあわせて作られた茶碗もあり、これを煎茶碗、抹茶碗と呼ばれています。
食卓で主食のご飯をよそうための器の事をご飯茶碗と呼びますよね。
ご飯を食べた後にそのお茶碗でお茶を飲んで、ご飯を残らずきれいにするというのが美徳と最近までされていました。
サイズには人それぞれ適したものがあり、大人には大ぶりの茶碗、女性には中ぐらいの茶碗、子供には小さいお茶碗、湯飲みにも色々あります。日本では古い時代から、自分用の各湯飲み茶碗やご飯茶碗は決まっていますよね。
茶碗は、産地や由来、その色や形の特徴によって、
〇唐物:天目茶碗
青磁茶碗
白磁茶碗
〇高麗物:井戸茶碗、三島
〇和物:古萩茶碗、唐津茶碗
楽焼茶碗、(楽茶碗)
志野茶碗、織部茶碗、瀬戸黒茶碗、黄瀬戸茶碗、伯庵茶碗
等と呼ばれています。個々の茶碗に銘がつけられたものもあります。
江戸時代に素焼きの土器や、木椀に変わって磁気の食器が使われるようになりました。その頃飯茶碗(蓋付椀)」、「煎茶椀」という言葉も生まれました。
その頃の「お茶碗」というのは飯茶碗の事を指していました。
もともと茶碗と言うのは茶道のための茶碗でしたが、室町時代頃、磁気の代名詞として呼ばれるようになりました。
天目や井戸のように茶碗の特徴がそのまま呼び名になっているものもあります。
茶碗の形からは筒茶碗、平茶碗と呼ばれる茶碗もあります。
筒茶碗は主に冬用、平茶碗は夏用と、季節によって使い分けもします。
お茶にあわせて作られた茶碗もあり、これを煎茶碗、抹茶碗と呼ばれています。
食卓で主食のご飯をよそうための器の事をご飯茶碗と呼びますよね。
ご飯を食べた後にそのお茶碗でお茶を飲んで、ご飯を残らずきれいにするというのが美徳と最近までされていました。
サイズには人それぞれ適したものがあり、大人には大ぶりの茶碗、女性には中ぐらいの茶碗、子供には小さいお茶碗、湯飲みにも色々あります。日本では古い時代から、自分用の各湯飲み茶碗やご飯茶碗は決まっていますよね。
茶碗は、産地や由来、その色や形の特徴によって、
〇唐物:天目茶碗
青磁茶碗
白磁茶碗
〇高麗物:井戸茶碗、三島
〇和物:古萩茶碗、唐津茶碗
楽焼茶碗、(楽茶碗)
志野茶碗、織部茶碗、瀬戸黒茶碗、黄瀬戸茶碗、伯庵茶碗
等と呼ばれています。個々の茶碗に銘がつけられたものもあります。
江戸時代に素焼きの土器や、木椀に変わって磁気の食器が使われるようになりました。その頃飯茶碗(蓋付椀)」、「煎茶椀」という言葉も生まれました。
その頃の「お茶碗」というのは飯茶碗の事を指していました。
もともと茶碗と言うのは茶道のための茶碗でしたが、室町時代頃、磁気の代名詞として呼ばれるようになりました。


